お局様の憂鬱。

私はお局様だ。所属部署では女性最高齢。男性でも年上は数えるほど。
長くこの業界にしがみつき、技術一本で食べてきた。
頭が固くならないように、後続に自分の技術と経験を引き継げるように常に心がけてきた。

もちろん叱る。
居眠りをしていれば声をかけて起こし、それが続けば問題である事を告げる。
仕事の手が空いている作業メンバーに関しては問題を解決し何らかの仕事に割り振るのも仕事だ。
時には言われたくないだろうことも言わなくてはならないし、クオリティを管理する身の上としては褒めるばかりではなくダメだということもある。

今、入社3年目の若い女の子の指導担当になっている。

その子は面白い。

仕事上の指示を出して、それを全てメモに取らせる。
メモを復唱し、これから取り掛かる作業についてもう一度説明させる。
質問はないか聞き、質問に答え、それについても全てメモを取らせ、もう一度復唱させる。
過去に注意した点は全てそのつどメモを取らせノートを作らせ、何かわからないときはメモを見たり質問に来るように指示して仕事を開始してもらう。
指示内容は出来るだけ多岐にわたらないようにして、簡潔にわかりやすくしてから指示を出している。

たとえば

1・四角い画面サイズは256×256を1枚作成する。
2・作成した画面を指定したパレットを使用してグラデーションで塗りつぶす。
3・指定した方法で減色する。
4・指定したファイル名をつけセーブする。
5・本日14時までに必ず確認に来る。

こんな指示を出す。
使用するツールはPhotoShopだ。
そして結果は

1・256×245のサイズの画像を1枚作成する。
2・指示したパレットで作業してるつもりだけど違う色で塗りつぶす。
3・2をごまかすために手で塗って汚くする。
4・減色は忘れる。
5・日本語をローマ字打ちにしたよくわからないファイル名をつける。
6・16時ごろにまだ途中なんですけどといいながら見せに来る。

そして、こういう結果が出た場合、どうしてそうなったのか理由を聞き、対策を考えなくてはいけない。
どうしてメモとった内容と違うのかたずねても上目遣いにうるうるするばかりで何も言わない。
ちなみにこの作業はこの日初めてのことではなく入社以来何十回とやってきた作業だ。
256×256サイズで作成しなくてはならない意味から、細かい手順、方法、ミスの確認の仕方まで繰り返し指導してきている。
しかし彼女はその作業を成し遂げることは出来ず、上目遣いに目をうるうるさせるか、私がその場で行った事をオウム返しに言い訳するか、ひたすら自分が出来ない理由を言い訳する。
理由はいつも違うが、コレが面白い。
上の作業を指示しているのに、自分が過去にやった作業(まるで関係ない)のときに注意された事(今回の指示ではレインボーに塗るだか、前の作業では赤く塗るだった)を思い出して勘違いして間違えた。とか、お母さんが残業費も大して出ないのにそんなに遅くまで会社にいるなと怒られたとか。

一貫して言えるのは彼女は決して謝らない。

遅くなっても言い訳だけで謝らない。
データが違っていても言い訳だけで謝らない。
わけのわからない言い訳を延々とし続けて、時には私が間違えて塗ったら紙に作業してるんじゃないからもう一度正しい色で塗りなおしたら?と言えば、私もそう思ってたんですという。
じゃあ、どうしてそうしなかったの?と言えば上目遣いで目をうるうるさせるばかり。
絶対に絶対に謝らない。

当然、その言い訳を聞いてる間に私は突っ込みをする。
優しく聞いても忘れてしまうので、ちょっと声も低く厳しめな態度で。
普通ここまで怒られたら謝って何とかしようと思うだろうと思うが、絶対に謝らず言い訳はやめない。

すごいなぁと正直に感心する。
過去に何度も私の手には負えず上司から注意をしてもらった事もある。
それでも絶対に状態は変わらない。
メモは取れといわれたからメモを取るようにはなったが、それ以外何も変わらない。
当然仕事は出来るようにはならない。

しかしネチネチといつまでも叱っているわけには行かないので、必要な事を注意し、次からどうしたら同じ過ちを繰り返さないか指示し、最後まで作業させて本人の自覚を促さねばならないので翌日も同じ作業をやらせる事にして終了。私は自分の席に戻る。

するととたんに男性社員や同情的な女性社員が集まり始める。
お局に苛められてかわいそう!とは言わないものの、何とか空気をよくしようとフォローし始める。
落ち込まないで、最初は誰にでもある、間違っても同じことを繰り返さなければいいんだよ、この仕事はこうやったほうがいいよ、俺はそんなに悪くないと思うんだけどな……などなどなど!


はっきり言って、彼女をダメにしている一番の原因はお前らだ!


叱らない。若い子なのにかわいそう。女の子なんだから大変。新人だからしかたない。
お前らがそうやって誰が叱った事もなかったことにするから、彼女は怒られても堪えない。絶対に謝らず、言い訳を続け、目をうるうるさせるばかりになる。
3年も勤めている子だから何とか一人前にしてあげたい。
会社のこの判断に温情を感じた私がバカだったと今ははっきり思う。
寄って集って彼女をどんどんダメにしている。

彼女の可能性も未来も摘み取ってるのは優しいみんなだ。


明日も私はきっと彼女を今日と同じ理由で叱るだろう。

帰り際に見た彼女は何人かの人間に囲まれ、彼女の技術では手に終えない方法を教えられ、慰められニコニコしていた。
何度かそういう慰めは辞めて欲しいとお願いしたが、お局の監視が厳しいと慰めが地下にもぐっただけでなくなることはなかった。

明日も私は彼女を同じ言葉同じ理由で叱るだろう。
自分の無能さをかみ締めながら。